学習データゼロから始める外観検査装置「CVI」の開発背景と現状
木村 優志
Published: 3/25/2026, 7:20:00 AM

現在Convergence Lab.では、新しい外観検査装置「CVI (Convergence Vision Inspector)」の開発に取り組んでいます。本記事では、開発途上の情報を公開する「Build in Public」の一環として、私たちが解決しようとしている課題、過去の教訓、そしてなぜ現在の技術構成に至ったのかを、ありのままにお伝えします。
外観検査AIが抱える「学習データ」の構造的課題
従来、製造現場へAI外観検査を導入する際、最大の障壁となっていたのは「学習用データの収集」です。
高精度なAIモデルを構築するためには、通常、数百から数千枚規模の不良品画像が必要となります。しかし、品質管理が徹底されている日本の製造現場においては、そもそも不良品の発生頻度が極めて低く、学習に必要なサンプルが揃わないという構造的な問題がありました。
「AIを導入したいが、学習させるための不良品がない」というパラドックスが、多くの現場で自動化を阻む要因となっていました。
異常検知手法での失敗と、現場から学んだ教訓
このデータ不足を解消するため、弊社では以前、良品画像のみで学習させる「異常検知(アノマリ検知)」ベースのAIを自動車部品メーカー様へ提案したことがあります。
「良品と異なるものをすべて異常とみなす」という理論上は優れた手法でしたが、実際の現場では予期せぬ事態に直面しました。
それが「水滴」による誤検知です。
洗浄工程後にわずかに残った水滴が照明を反射し、AIはそれを「未知の異常」として検知しました。人間であれば一目で無視できる環境変化であっても、良品の状態しか知らないAIにとっては、許容すべき変化と真の欠陥を区別することができなかったのです。
この経験から私たちは、「異常なものがすべて不良品とは限らない」という、現場における「変化」の複雑さを深く認識しました。
CVIの技術的アプローチ:Zero-shot検知と現場での追加学習
前述の教訓を踏まえ、CVIでは「Zero-shot(ゼロショット)検知」と「Few-shot(追加学習)」を組み合わせたハイブリッドなアプローチを採用しています。
基盤となる技術には、最先端のVision-Language Modelである Grounding DINO および Grounding SAM を活用しています。
1. 自然言語による対象の指定
CVIは漠然と異常を探すのではなく、「ネジの欠落(missing screw)」や「表面の傷(scratch)」といった、検知すべき対象をテキスト(言葉)で指定します。あらかじめ広範な概念を学習済みのモデルを用いることで、前述した水滴のような「指定外のノイズ」を論理的に切り分けることが可能になりました。
2. 現場での適応(追加学習機能)
万が一、初期状態での判別が困難なケースが発生しても、現場で数枚の画像を読み込ませるだけで追加学習(Few-shot)が可能です。「これは良品として扱うべき水滴である」といった現場特有の判断基準を、運用しながらAIに反映させていくことができます。
実行基盤に「Jetson」を選定した合理的な理由
CVIは、NVIDIAのJetsonシリーズ(Orin Nano / AGX Orin等)での動作を前提としています。この選定には、技術的・環境的な必然性があります。
エッジ推論によるリアルタイム性と秘匿性
最先端のAIモデルは計算負荷が高いものの、検査ラインにおいてはミリ秒単位の判定速度が求められます。また、製造現場の画像データを外部(クラウド)へ出すことを避ける企業も少なくありません。Jetson向けにモデルを最適化することで、現場完結型の高速なエッジ推論を実現しています。
産業用PCとしての堅牢性と供給安定性
製造現場は、油煙、粉塵、高温、振動など、精密機器にとって過酷な環境です。Jetsonは、**防塵・防滴・耐熱性能を備えた産業用PC(Industrial PC)**としての筐体ラインナップが非常に充実しています。ソフトウェアの高度さだけでなく、過酷な現場で24時間365日止まらずに動作し続ける「ハードウェアとしての信頼性」を確保するため、私たちはJetsonを選択しました。
現在の開発状況と今後の展望
現在、私たちはプロトタイプを用いた実証実験を繰り返しています。
重点開発項目
- 判定速度の極限までの最適化: Jetsonの性能を最大限に引き出す推論エンジンの改良。
- Few-shot学習の簡易化: 専門知識のない現場担当者が、直感的に追加学習を行えるUIの開発。
- 環境変化への耐性強化: 照明条件やワークの個体差に左右されない安定性の確保。
実用化に向けたパートナーシップのお願い
CVIは現在、製品化に向けた最終調整のフェーズにあります。私たちはこの装置を、机上の理論ではなく「現場の切実な課題」を解決する道具として完成させたいと考えています。
- 「特定条件下での外観検査に苦慮している」
- 「過去にAI導入を試みたが、環境変化やデータ不足で断念した」
こうした具体的な課題をお持ちの企業様がいらっしゃれば、ぜひお話を聞かせてください。開発途上の今だからこそ、実際の現場に即した仕様の検討や、共同でのPoC(概念実証)のご相談を承ることが可能です。
進捗については、今後も本ブログを通じて実直に報告してまいります。



